パネル

月夜

歌川広重「月夜木賊に兎」による

2019年2月〜3月

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© 2019 Kengo Tachibana
Updated: March 14, 2019
Last modified: April 25, 2019


作品概要
  • パネル作成の基本的事項
    • 歌川広重「月夜木賊に兎」の図柄をデザインの主体とする。
    • 設置場所:日本家屋、和室と洋間の間仕切りに設けられた枠内。
    • 枠の寸法:縦300ox横406o。
    • 間仕切りなので、二つの部屋からそれぞれ表・裏の面を見ることになる。
    • パネルに日光は直接当たらないが、二つの部屋とも室内は自然光が豊かで明るいとのことである。

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デザインから全ピ−ス作成まで
  • デザイン
    • 歌川広重 「月夜木賊に兎」(東京国立博物館蔵、重要文化財)
    •    
      • パネルデザインの素は左の歌川広重の浮世絵「月夜木賊に兎」である。これは細長い短冊型で、その画面に、満月、兎、木賊が絶妙なバランスで描かれている(画寸法:38.2 × 12.6 cm)。
      • 画面の歌(讃)

        夜 ハ いとし 草のむしろに 露おきて
                  兎の妻も 寝つきかぬらん

                             河廼屋 幸久

                (注:歌の作者「河廼屋」とは川船で荷を運ぶ運送業者。)

      • なお、この作品をプロデュースした「藤彦」(下の朱印)は、パネル作成依頼者の先祖とのことである。
      • 左の画像をクリックすれば拡大画像、各ブラウザの「戻る」ボタンでこのページへ。
    • パネルデザイン素案
      • 広重の原画にある文字と落款は省略した。
      • 原画の大きさと同じにするため、左の兎の妻の下部をカットした。原画を縮小せずに彼女の全身を現すためには中間の空を横に切り取れば可能であるが、そうすると満月と木賊・兎のバランスが崩れてしまい、原画の味わいが砕け、奇妙な絵柄となるので、妻の上半身だけにした。
      • デザイン上上空がさみしいので、またガラスカットの都合もあり、たなびく薄い雲を配置した。
      • 原画の配置をパネル中心から右へずらしたため、左側に広い空白部が生じる。それを埋めるものとして、下部に山・丘・霞(霧)を入れることにした。
      • この素案を依頼主に提示し、作成の際一部修正の可能性があることも含め了解してもらい、2月中頃から作成に取りかかった。

    • パネル作成用デザイン図面
      • 作成用のデザインの図面では、できるだけ妻の姿を大きくしたいので、満月の上部のわずかな空間を省いて図柄全体をほんの少し上げた。
      • そのため、兎たちの座る丘の右下に湾曲したライン1本を新たに加えた。これは夫の兎のピースを1枚のガラスピースに納める困難さを避けるためでもある。
      • さらに、左下一番下の山の高さが増したので、ピース作成中その山の下にも霧をたなびかせた。
      • なお、左下の山と丘などは素案とは少し異なる。

      満月(部分)
      • 原画の満月は円ではなく、左の部分が欠けているが、これは広重の意匠の工夫と思われる。
      • ところで、この円をトレース用紙に書き写している時、その形に少し違和感をおぼえた。そこで、試しに画像処理ソフトを用いて真円を描き、原画の満月と重ねてみた。左の画像、赤線が真円。
      • すると、右下部分と左下の円弧ラインが真円よりわずかに膨らんでいるのが分かった。左下から上の円弧のラインは描かれていないが、この膨らみは上へ延びていると考えられる。
      • つまり、広重の満月はごくわずかだが横長(より正確には「おたふく顔」もしくは「しもぶくれ」形)であると思われる。広重が何らかの意図のもと、意識的にそうしたのか否かということは定かではないが、パネル作成でもこの点を加味し、満月全体のピースは縦の直径77o、横の直径80oと、3oの差を付けた。

    •   画面右、兎(夫)のピ−ス
      細かな凹凸は精密ダイヤモンドヤスリを用い手作業で成形
       
      同上、白紙の上、背後に電灯を点けて
       
      兎の夫婦
       
       
        雄兎の顔部分
      赤い目のピース:横4o、縦3o、厚さ3o
      そのピースをはめ込む穴はまず精密ダイヤモンドフレキシブル電動ドリルで小さな穴を空け、後は手作業で形を整えた。


  • [2019.03.12]全ピース完成
    •   パネルは枠にはめ込みやすいように、枠実寸より縦横共に1o短い。
      パネルの4辺に補強のため真鍮製3o4角管を取り付けた。

      【ピース細部成形の道具】
      左:ルーターと精密ダイヤモンドヤスリ、右:精密ダイヤモンドフレキシブル電動ドリル
       

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パネルのパティーナ作業まで
  • [2019.03.16]コパーテープ作業終了
      • 左、この作業終了時の画像。
      • まず、各ピースにコパーテープ(コッパーフォイル)を巻く。その過程で、ピースの修整加工、二つのピースの再作成など。
      • 次いで、画面テープ部分(これがパネルのラインとして浮かぶことになる)の成形。この作品ではこれがなかなか手強い作業であった。ハンダのラインは各ピースを繋げるだけではなく、その映像の一部となるからである。例えば、上空にたなびく雲の影、画面右一番高い木賊など。
      • ハンダ作業に入る前に、もう一度全体を細かく点検する。
       
      • 下の中央から左、遠くの山のシルエットを変えた。上の作成用デザインによる「全ピース完成」のその山影の景色がつまらないからである。
      • このパネルにふさわしく、かつこれまでの山登りの中で、一番印象的な画像を探した。それは九州脊梁の盟主、熊本・宮崎県境に位置する国見岳(1738.8m)であった。
      • パネルのこの山のピースは、昨年秋の熊本県・天主山山行の際、その尾根登山道から南に見える国見岳の写真画像の稜線を忠実に写した。
       
      部分:兎の夫婦
       
      部分:満月と雲のたなびき
       
      • 一番高い木賊は空間をカットしたが、コパーテープの細かな成形に苦労した。さらに、この一本上部のコパーテープの処理もなんとかクリアできた。
      • 他の木賊はガラス絵画用絵の具「ヴィトレイル」で処理する。
      • 「ヴィトレイル」は兎の「髭」や体毛表現にも用いるが、濃淡の使い分け、描線の工夫など、過去の作品作成(例えば、「あんどん 朝露」と、「ポパイのパパ」、トップページ上部左右の二つの作品参照)の際の経験が役に立つ。
      • まだまだ時間がかかりそうだ。

  • [2019.03.18]ハンダ作業終了

    •  
      ハンダ作業を終え、フラックスの汚れなどを、注意しながら洗剤で洗浄した後の表の画像。この後、4辺真鍮4角管に付着したハンダのヤスリでの成形(縦299o、横405oでなければならない)、特に満月と兎夫婦ピースのハンダの細部微調整など施し、最終のパティーナ作業となる。
       

       
      表の図ばかり検討していたので、あらためて裏面を見ると、何となく変な感じ。通常、ステンドグラス作品は一方から見る。しかし、この作品は二つの部屋からパネルの表・裏を見ることになるから、裏面の作業の工夫も必要である。そのためいくつか試してみるべき作業があり、これからも時間がかかりそうだ。
       
      光を通して
      ハンダ作業を終了し、パネル全体がまとまったので、自作の器具で背後に蛍光灯を灯して見てみた。これが設置される二間の電灯の種類と明るさが分からないので、この画像のように見えるかどうか。明るさが低い場合、雄兎の眼の輝きが得られるか、ということが心配である。


  • [2019.03.20]パティーナ作業終了
    • 昨日(19日)午前中、4辺真鍮4角管外側と両面のハンダをヤスリで成形し終え、洗浄してパティーナ作業に取りかかろうとした時、雄兎の耳の下から左斜めにひびの入っているのが分かり、びっくりした。ヤスリ作業の際、用心してはいたのだが、このピースに何らかの力が加わり割れたのだろう。それにこのピースのガラス素材の強度が弱かったのかも知れない。ステンドグラスで用いるガラスは、厚さ、色彩、色の流れ、凹凸の具合などなどによって強弱の違いがある(これは1枚のガラスでも部位によって異なる)。
    • 何だか気が抜けてしまい、午前中の仕事は休んだ。午後、気を取り直し、このピースを取り替えることにした。まず、当該ピースを取り外さなければならないが、この作業はなかなかやっかいである。ハンダを溶かして薄くした上、他のピースを傷つけないよう細かく割り取りしながらパネルから抜き取った。しかし、この作業が妻のピースにも影響し、彼女の大きい方のピースにもひびが入ってしまった(まさか夫婦愛の証ではあるまいが)。幸いなことに他のピースは健在。
    • そこで、そのピースもはずし、再び夫婦のピースを作成した。午後、日暮れまで以上の作業。
    • 夜、夫婦二つのピースにコパーテープを巻き、細部を整えて、この日の作業は終わりにした。事を急いで、ハンダ作業まで進む気にはならなかった。急いては事をし損じる。
    • そして本日午前、ピースを嵌め、ハンダで固定したが、この作業は素早く行った。もたもたすると、ガラスが熱のため微妙に膨張し、また割れるかも知れないからである。これは避けたかった。
    • パネルが十分冷めた後全体を洗浄、ブラックパティーナでハンダ部を黒く染め、ステンドグラス仕上げ用ポリワックスを塗って最終工程を終えた。ただ、この後ガラス絵の具「ヴィトレイル」による絵付け作業がある。


    •  


    • 午後、絵付けのために空間のガラスの余りで色々試みてみた。しかし、やや折れ曲がった箇所もある木賊の直線的ラインをガラス用絵の具で描くのは、私の技量と手持ちの細密用筆では極めて難しいことが分かった。また、ラインを描く先の細いチューブを用いてもうまく行かない。
    • その結果、ピースを繋ぐラインに掛かっている木賊はすべてコパーテープを用いて表現することにする(これがほとんどである)。その他の、兎が座る丘の褐色のピースにある短い木賊の芽はコパーテープだと剥がれる恐れがあるので、絵の具で描くことにする(このくらいはできる)。
    • その後に残るのは兎だ。この二つのピース内のライン、微妙な体毛の並びなど、その表現方法を「いかにとやせん」(少々大袈裟か)。

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木賊と兎の表現
  • [2019.03.21]表、木賊のコパーテープ作業終了
      • 丸一日かけて木賊を現すコパーテープ処理を行った。まず木賊が掛かるピース間のハンダを溶かした。木賊のテープを固定するためである。これは簡単。パネルを丁寧に洗浄し、テープ作業に取りかかる。
      • 透過光の具合を見るために作った器具に原画の図面を広げ、その上にパネルを重ねる。蛍光灯を灯すと木賊の形象がガラスにくっきりと映る。このラインをコパーテープで表現する。
      • 理屈は簡単だが、作業はなかなか細かく、ややこしい。手元にある一番細いコパーテープをハサミで半分に切り裂き、パネルに貼り付け、工作用カッターナイフでラインの細部を加工する。ただ、歌川広重さんにはおゆるし願いたいが、木賊をハンダで表現するため、ほんの少しそのラインを変えたところがある。
      • 左の画像をクリックで、拡大画像、各ブラウザの「戻り」ボタンでこのページへ。
       
      • 木賊コパーテープ作業終了後、室内の明かりを消し、木賊の陰影を見てみた。表はこのように見えるはずである。
      • しかし、このパネルは上に記したように「両面を見る」ことになる。これが大問題。この表の木賊の処理だけで済むのかどうか、なお試みるべきことがある。
      • さらに、兎の夫婦。色々思案中。


  • [2019.03.22]表、木賊のハンダ・パティーナ作業終了
    • 木賊ハンダ作業終了後


      ハンダゴテ

      • この日、表の木賊のハンダ作業を行った。通常のステンドグラスのこの作業とは異なり、非常に微妙なラインのハンダ付けなので、先端の尖ったコテを用いた。左の画像「ハンダゴテ」の右のコテである(本来これは電気器具用として用いる)。なお、コテの左の筆は、右がハンダ付の際当該箇所に塗るフラックス用、左はパティーナ用。
      • その後、木賊のラインは繊細なので用心しながら洗浄し、最終工程のブラックパティーナで黒く染め、あらためてポリワックスで染を安定させた。以上が通常のステンドグラスのすべての工程であり、下の左右の画像が一応の「完成品」。
      • しかし、この作品の場合、二つの「おまけ」の作業がある。一つは裏面の木賊の表現。これは表と同じようにコパーテープで重ねるということを試してみたが、到底できないということが分かった。そこで、雲形定規を用いて、ヴィトレイルで表現することにした。ただ、裏から見ると表の木賊ラインは、ガラスの透明度による濃淡の差はあれ、ある程度見えるので、すべての木賊のラインではなく、そのいくつかを裏面に描くことにする。その結果、裏面の木賊には遠近の差が生じ、表とは違った景色になるかも知れない、というようなことを考える。
      • 二つめは二つの兎のピース内のライン。このパネルではこれが最も重要なのだが、何とかガラス用絵の具で処理するつもりである。この場合も、雲形定規に頼ることになるはずだ。
       

       


  • [2019.03.23]裏、木賊の絵付け終了
    • 作業終了裏面と、使った道具・絵の具


      • 午前中、裏面木賊絵付け作業。絵の具は左画像上部一番右、描く絵柄枠線描用「ヴィトレイル」のブラック絵の具チューブ。このチューブ先端は0.5mmほどの小さな穴が開いており、そこから絵の具を出しながら線を引く。
      • この絵の具の出し加減と描くスピードがなかなか微妙である。特に途中で動きを止めると、絵の具が出過ぎてその箇所の線が大きくなる。木賊の線は同じ太さではなく、各節の間でほとんど上から下へ細くなっている(これは原画が毛筆で描かれているためと思われる)。また節は筆を小さく打ち込んだような形をしている。節と線の太さの変化を、チューブの押し加減(極々わずか、重力のため、あるいは室温が高くなっただけでも出る量が増すほどである)と動かすスピードを変えることによって描くことになる。
      • 前もって雲形定規を用いて空間の余りガラスで練習したが、最初の内は絵の具が出過ぎて困った。ある程度慣れ、本番に取りかかった。定規を直接ガラスの上に当てると絵の具が定規の下に入り込むことがあるので、厚さ3oの板を定規の下に置いて作業をした。
      • 木賊のラインの半分ほどを適当に選んで、絵付けをした。何度も書き直したり(ハンダ作業と違い絵付けはガラスを痛めることながないので気は楽である)、また数本描いては絵の具の乾くのを待ったりしながらの作業なので時間がかかったが、昼過ぎには作業を終えることができた。

      • 【兎の絵付け】
        昼過ぎから雄兎ピースの失敗作(耳の先端が欠けたピース)を使って絵付けを試してみた。これは極めて難しい。木賊はほぼ直線なので描きやすく、またラインが少々乱れても「絵」になるが、兎のピースのラインは非常に微妙な曲線で、乱れは許されず、絵の具で描くのは不可能かも知れない。明日は一日、この解決方法を検討することになる。
      部分

  • [2019.03.24]表、兎の絵付け終了
    • 結局、雄兎の顔と髭、手足の先の指、尻尾はヴィトレイルで描き、他のラインはコパーテープで処理することにした。雌兎はすべてヴィトレイルで。
    • テープ処理の場合、このピースのガラスが不透明で図面を下に敷いてもラインが見えないため、厚手の紙で型紙を作りそれに沿ってテープを貼り付けた。
    • 最も難しかったのは雄兎の髭である。雲形定規を使い描いたが、何度も失敗を繰り返した。
    • 雌兎の耳の毛を原画のように描こうと努力してみたが、今の私の技術のレヴェルでは広重の絵の味わいをガラス上に表現できない。ただ、雌兎の右側の外縁内側にぼかしのような陰影を最後に付けたいと思っている。

      【絵付け終了】左:表全面、右:部分(兎)
       

       
      【背後に蛍光灯を点けて】左:表全面、右:部分(兎)
       

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完成・納品
  • [2019.03.25/26]完成・最後の点検・細部修正・最終処理
    • 3月25日(月)、裏面の兎の絵付け(ラインを引くだけなのだが)を行った。雌雄ともヴィトレイルで描いた。
    • しかし、雄兎のライン描写には難儀した。このピース内のラインを引くのは、表のようにコパーテープでの処理の方が遙かに楽である、ということが分かった。
    • このような場合、何らかの方法があるのかも知れないが、それを調べたり「研究」したりする暇がなかった。今後の課題である。
    • 苦労してラインを引き終わり、雌兎の右側に影を付け、作品は一応完成。その後、最終作業として、付着している細かなゴミを取り、コパーテープからわずかにはみ出しているテープの「のり」(テープ裏面のガラスとの接着剤)もカッターナイフで切り取った。
    • 最後に、エチルアルコールを染みこませた綿棒で汚れを拭き取り(この段階で洗剤と温水を用いて汚れを取るのはヴィトレイルで描いたラインが傷つく恐れがある)、再度ポリワックスを塗ってハンダ部とガラスを磨いた。これで作品は完成。
    • しかし、細かく点検すると、特に裏面、ヴィトレイルで描いた木賊と雄兎のラインの細部を修正したくなり、かなりの時間をかけてこの作業を行った。そのため、最終的処理を行って作品が本当にできあがったのは26日(火)である。
    • 完成はしたが、「これでよし」というわけではなく、まだまだ技術的面から見て「完成」ということにはならない。しかし、その技術(特にガラスの絵付けと線描)を磨くには多くの時間を要する。今のところは、これが限界だ。

      【完成】左:表全面、右:裏全面(画像クリックで拡大、各ブラウザの「戻る」ボタンでこのページへ。)
       


       
      【背後に蛍光灯点灯】左:表全面、右:裏全面(画像クリックで拡大、各ブラウザの「戻る」ボタンでこのページへ。)
       


       
      【部分(表)】左:満月、右:兎夫婦
       


  • [2019.03.26]納品準備
    • 納品準備を済ませた。パネル全体をトレース用紙で包み込み、適当な大きさの段ボール箱に入れる。段ボール板で両面を保護し、底面、隙間、上部に新聞紙を挟む。この方法はガラスが送られてくる時の要領を真似ている。
    • 納品は明日以降になる。
  • [2019.03.28]納品

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